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デザインとは:鈴木成一さんが教えてくれるもの

プロフェッショナル 仕事の流儀の鈴木成一さんの特集を観ました。

鈴木成一さんは、大学生の頃に雑誌「イラストレーション」の特集で知って以来、私の中では憧れのデザイナーの筆頭です。装丁作品がどれも素晴らしい出来なのはもちろんなのですが、自分の色を徹底して出さないようにする彼のスタンスが好きなんですね。その本のあるべき姿を装丁としてデザインする、という。だから「いかにも鈴木成一っぽい装丁だと感心する」のではなく「装丁に唸らされて奥付を見たら、またしても鈴木成一の手によるものだった」という感じなんです。

イラストや写真や文字を構成要素として最適な形で定着させ、全体としての姿をデザインすること。それは私が昔から憧れてきた仕事です。自分自身がそうした構成要素のアーティストになるよりは、アーティストをうまく生かすデザインができる人になりたい。その思いは今も変わりません。今はフリーランスとして仕事をしていますが、素晴らしい才能を持った人と一緒に仕事がしたいと常日頃思っています。

残念なことに、私がこれまで出会った(自分ではデザイン分野に詳しい&スキルがあると思っている)人の多くは、そうした構成要素のアーティスト性はすぐに気付いて評価するものの、それを成り立たせているトータルなデザインに気付かない、あるいは軽視しがちでした。「**のイラストは素晴らしい」と褒めますが、その個性の強いイラストをプロダクトに上手く取り入れている「もう一人の」デザイナーの功績は気に留めない、というように。あるいは、写真の美しさばかりに気を取られて、文字情報がおざなりになっていても気付かない、というように。

デザイナーと自己紹介すると、美しい絵やきれいなイラストを描く人だと思う人はたくさんいます。デザインは何も視覚的なものだけが対象ではないし、ましてインパクトがあってアーティスティックなもののみを扱う行為ではありません。ライフデザインという言葉があることは多くの人が知っているのに、デザインはビジュアルのことだとしか思い浮かばない。デザイナーが普通にそんな認識だったりするのを感じると、悲しくなってしまいます。

鈴木成一さんの仕事を思うとき、対象に真摯に向き合ってデザインすることの大切さを改めて思います。自分の自己主張や、うわべを飾り立てることに気を取られてはいけない。それらは、あるべき姿を形作るうえでの取捨選択のひとつにすぎないのだと。

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